資産:ゼロから始めるアラフォー独身低収入女の投資日記(米国連続増配株、ETF、IPOなど)

30代後半の非正規・独身・にわかオタク・超貧乏な干物女が米国連続増配株でコツコツ資産形成に励みます。給料報告、収支報告、節約や働き方、ライフハックなどの記事を掲載。

【19/8/12】100の満足度を得るためのコストが低いほど、人生は楽になる

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これは周囲の人間に話すと賛否両論というか反対意見の方が多いのですが、私は吉野家とかなか卯の牛丼でまぁまぁ満足できちゃうタイプで、食で冒険をしない主義なので旅行先でも馴染みのチェーン店で食事を済ませたりします。

 

主義というか、一旦気に入ると本当にそればっかり、ずーっと同じものを食べ続ける習性。

朝食はもう20年近く、毎朝カロリーメイトとコーヒー。

定期的にヤフーショッピングで30箱買います。

 

一時期ピザトーストにハマり、一年くらい毎朝食べてましたが結局カロリーメイトに戻ってきました。

 

それでも、健康診断や血液検査でもどこも悪いところが無く、超健康と医師に言われる。

 

旅行先に限らないのですが、普段食べないような郷土料理系とかを食べると味を探ってしまって吐きそうになる。

いつもの味を求めてしまうんです。

 

あと「この価格でこの量でこの味??」と逆に気分が落ちてしまうことも多々。

名古屋で四千円のひつまぶしを食べた時がまさにそれでした。

 

ハッキリ言ってなか卯の鰻丼の方が遥かに満足度が高かった……。

(鰻丼と言えば『宇奈とと』は気になるのでそのうち行きたいな)

 

牛肉は好きなので、現地の良い肉は普通に美味しいんですが!

飛騨高山であちこちに売っている飛騨牛寿司は最高でした。

 

あと、二か月に一回くらいトロトロの和牛を出してくれるコスパの高い穴場的な焼肉屋に行きます。

あまり量を食べられないので、三千円くらいで済みます。

頼むメニューは毎回全く同じなので、お会計も一円単位で毎回同じ。

 

食べ放題で硬いパサパサの肉を食べに行くのと出費変わらないしね。

ここは気に入ってる。

 

でも和牛じゃなくてアメリカ牛も好きです。

良い肉を食べたあとも、普通にチェーン店の牛丼を美味しく食べられます。

 

よく言われるじゃないですか、「〇〇を食べたら、〇〇なんてとても食べられなくなる」って。

そーいうの全然ない。

 

だから、たまに高所得の友達と食べ物の話になると、全く話が合わないw

「良い食材、他の食材を知らないだけだと思う」

と言われる。

 

そうかもしれない。

ただ、私の親は仕事柄新鮮で多彩な食材を信じられない程の格安で沢山持って帰ってきてくれる人で、周囲の大人も似たような仕事だったのでお裾分けがあったり、こう見えても幼少期から成人するまでかなり贅沢な食生活だったと思う。

 

「こんなもん大人になったら食われへんぞお前……」

 

ってよく周りの大人に言われてましたし。

ちなみにそれほど美味しいと思っていなかったので、大人になってから周囲が同じ物に高いお金を出して美味しい美味しいと言っているのが理解できなかった。

だから『良い食材、他の食材を知らないだけ』というのはあたらないと思う。

頑張らない人生

多分、私がチェーン店で食事を済ませた時に得られる満足度の絶対量と、普通の人が『良い食材』を食べた時に得られる満足度の絶対量はそれほど変わらないだろう。

 

なら、同じ満足度を得るためにかかるコストが安い方が人生を楽に過ごせるし、長生きもできると思う。

 

そんな人生は損していると言われることもあるけど、じゃあ全盛期の小室哲哉みたいな浪費を極めた生活を送れないあなたも、人生を損していると言えるのではないか。

その辺の小金持ちよりも凄まじく良い生活送ってたと思うよ。

 

そんなん上を見たらキリがない。

まぁ上を見続けて生きるのも生き方の一つだから、とやかく言わないけど。

私は他人の生き方を否定したり色々口出ししたりしないんだけど、どうもこーいう生き方をしていると苦言を言いたくなる人が一定数いるらしい。

 

100の満足度を得るために10000のコストが必要だと、そのために稼ぎ続けないといけない。

 

前述の高所得の友人もそうだけど、激務で心身を壊して重い病気にかかってしまっている。

それでも激務に身を置いていないと落ち着かないようなので、性分なのだろう。

所謂『上級国民』に近く、私では絶対にできない生き方をしている人なので、ある面ではとても尊敬している。

 

100の満足度を得るためのコストが低いほど人生は楽になるし、頑張らなくていい。

 

ただし、それは『頑張らない人生』にプライオリティを置いている私のような人間にのみ当てはまることであって、

『頑張らない人生』にプライオリティを置いていない人にとって、それは楽でもなんでもないということなのだろう……。